第一 不殺生戒

 昔、比丘あり、行く道に渇きに迫り水を得て
 蟲の命をあわれみて 死して道果を得たりけり

二人の比丘僧あり安居の行を終えて未だ拝したことがない
釈尊の尊容を拝さんものと同道旅に出た。折りからの夏の
酷暑に渇き迫り死線をさ迷い時しも一人の比丘、水を得て
飲まんとと欲っしてよく見れば水中に細蟲無量に居りて飲む
べからず、一比丘この水を飲みて世尊を見奉らんと言う。
一比丘いわく世尊の制誡(せいかい)に随(したが)い虫
有る水を飲むこと能わず。例え死すとも仏戒背くべからず
と言いて、遂に死す。一比丘は仏を拝したき一心でこれを
飲み旅を続け遂に仏前に到るを得たり。
諸仏の定法に従い仏「汝は何れの処より来る。何れの処に
安居せしや。梵行修し安しや否や、道路安穏なりや否や
同行の者ありやいなや。」と宣(のたま)うに、時に比丘
声を上げて大いに哭(こく)す。
仏何故に泣くかと問いたもうに彼の比丘答えて、同凡行者あり
二人相い約してまのあたり世尊を拝し奉らんと欲して同道
旅行せり。彼の比丘、蟲水を飲むことを肯(がえ)んずして
身命を過(あやま)てり。我、水を飲み由って此処に到るを
得て世尊を見奉るを得たりと言えり。
時に彼の渇死せし比丘命終して忽ちに四王天に生ずることを
得たり。故なるかな。仏説に極善極悪の死者は即刻転生する
故中陰の期間無しと。
凡そ天道に生じるものは宿命通を具足して必ず三心を生ず。
一、我、今所生の処は何の天なりと知り、二、宿生(まえの世)
は何の処にあり、と知り、三、かつて宿生(まえの世)にありて
何の善行を修せし功徳によって彼処より命終して今此の天に生ず
ることを得と謂(おもう)らく、我今この天に生ずることを得るは
一に世尊の善説法律に依り、真正出家して戒律を守りし功徳に依
らずんばあらず。故に先ず閻浮提(南閻浮州=地球)に降りて
世尊の深恩に謝し奉らんと、即ち天上より降りて世尊を礼し奉り
三帰依法を受け自から誓って不殺生、不偸盗、不邪淫、不妄語
不飲酒の五戒を受け終わりて法眼浄を得て一辺にありて恭礼
して法を聞けり、その身、光明赫奕(かくやく)たり。
時に世尊、彼の水を飲みて来たりし比丘に告げて、汝彼を
知れしや、否やと彼の天子を指差し給う。比丘知らずと
答り。世尊即ち喝して、汝は痴人なり。我が肉身を見んと欲して蟲ある水を
飲み罪をおかして我が肉身を見ると雖も未だ我が法身を見ることあたわず。
彼の比丘既に天道に生じてかくの如く光明の色身を得て汝に先立ち既に来たり
て我が肉身を見、また能く法眼浄(分明に四諦を見ること)を得たりと、
誡しめたまえり。
凡そ世間の凡夫は妄りに身命に恋着して種々の悪業を作り真実に
如来正法の戒律を信受し奉行することあたわず。浅ましき次第ならずや。
蓋し浮き世電幻の身命は朝に歓楽を極めるも一息忽ち絶すれば実に甲斐なき
次第ならずや。世尊我等の迷執、痴情を憐れみてこの生死の心身は無常
無我にして頼み甲斐なければ早く貪瞋痴の三毒を除きて十悪を止め十善
業道を勤修して速やかに解脱の聖果を得せしめんが為、この無比の浄戒を
説示し無上の妙法輪を転授したまえるものなれば努力して浄戒を守り
一大事因縁を成就すべきなり。

  また、八才の少沙弥の水の流れて蟻穴に
  入るを救いし功徳にて 夭死転じて長寿せり

 目蓮尊者の少沙弥の短命を知見せられて父母に
別離の訪問をせしめられしが帰郷の道中水中に
流れる蟻を救いし功徳により長寿得道せし事。
願わくば放生の諸善をなして現身の病患禍を除き
将来解脱の勝縁の種植を致すべきなり。
殺生は短命厄難を招く因となり、よろずのものに
慈愛の心を持すべき戒めなり。

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