第七 不両舌戒
主従和睦違わぬは 不両舌語の功徳なり
親好厚く和敬せば これぞ菩薩の心なる
両舌とは離間語とも言いて人の仲を悪くせしむる
語なり。これ最も卑劣の所為にして君子たるもの
慎み護るべきなり。
諸天の偈
若し悪人の言を聞く時は
必ず賢善の事なし
獅子相愛すと雖も
野干闘死せしむ
更に問え
離間の語小にしては一心を滅ぼし
大にしては国家をも滅ぼす。
諸仏は常に普現色身三昧に住して
普く衆生を教化引導し給う
不思議の化益を信じて真理を妄断して
謗法罪咎(ぼうほうざいく)を招かざらんことを。
足ることを知る人の身は 地上に臥すも
浄土なり 己をせめて施せよ
多欲は餓鬼の主因なり
一切善悪の諸業は唯一心を本とす。手を挙げる
も足を下ろすも皆心の所作なり、一心善に向かう時
一心悪に向かう時の禍福、一心の所成なり。
昔仏在世の時、羅閲城に長者あり。跋題と名付け
寶財、多豊なりと雖も慳貪にして布施を行わず。
彼の長者の邸に七重の門あり。乞食を門に入れしめず。
爾時晨旦に餅を食せり、是時世尊の彼の弟子阿那律尊者
この長者を済度せんが為、神通を以って長者の舎中に
入りて鉢を伸べて長者に向えり。長者きわめて愁憂しながら
即ち少しばかりの餅を施与す。阿那律餅を得て住所に
帰りき。長者大いに怒って門守に曰く。我が制して人を
門に入れざらしむ。何が故に命に背くやと。門守の人
曰く、門戸牢固なり、この道何れの所より来れるを
知らず。と 長者怏怏として次に美羮を食す。
大伽葉尊者また地より湧出して鉢を伸べて長者に
向かえり。長者甚だ愁憂しながら小許を与う。
尊者帰りたまいて、長者益々瞋恚を起して
門守の人を責む。門守又曰く。禿頭沙門妖術を
操り世人を誑惑(おうわく)す。正行あることなし。
と、時に長者の婦、長者に語りていわく。
大人、この比丘を知りたもうや否や、第一の比丘は
是斛飯(とくぼん)王の子にして阿那律と申す。
梵行を修し阿羅漢道を得て天眼第一なり。
第二の比丘は此の羅閲城内の大梵志なり。
伽毘羅と申す。出家して阿羅漢道を得て頭陀第一
なり。目蓮尊者虚空に飛騰し長者の為偈を説いて
曰く。
如来二の施を説い給う。法施と及び財施なり。
今将に法施を説くべし。心を専らにし意を一にして
聞け 如来五事の大施を説き給えり。
不殺生と不偸盗と不邪淫と不妄語 不飲酒となり。
汝尽形寿此れを修行せんや否やと、長者答えて
曰く。今説き給う所の如きは即ち宝物を用いず、
我悉く奉行せんと、即ち目蓮尊者に斎食を供養し
尋いで一端の敷物を供養せんと欲して蔵に入りて
其の好かざる物を選ぶに悉く好物を得、更に取れば
却って好し。時に目蓮尊者、長者の心を知りて此の
偈を説いて曰く。
施心と闘争す、この福は賢の棄る所なり
施の時は闘いのときにあらず時に心に
随って施す可し
長者恥じて便ち白氈(びゃくじょう)を持して奉る。
目蓮即ち呪願して長者のために慳貪のおそれを懼れ
避くべきこと布施の尊び行うべきことを説き給うを
聞きて長者、心を開けて法眼浄を得たりという。
貪欲は実に功徳を劫(かすむ)るの大賊なり。
貪欲ある者は花鳥風月を観ても貪欲を起し、
山川林野を見ても貪欲を起し、男女衣服を見ても
貪欲を起し、目に見耳に聞くもの一切の境界、貪欲
ならざるなし。一期命終の後は定めて彼の餓鬼世界
の苦相顕現するならん。餓鬼界に三類九種あり。
要聞の者は更に問え。此不慳貪戒に随順するものは
一麻一米(いちまいっぺい)もわが身を保に足る。
見聞覚智の境遇一として少欲知足不慳貪戒ならざるはなく、
当来必ず天堂に生じて衣服自然にして常に意の如くなることを
得べし。この戒の実相とは施より般若を生じて無所着皆空の
真理に入り、福徳荘厳を成就するなり。