第九 不瞋恚戒
世を乱し身を滅ぼすは 皆一朝のいかりなり
一切男女(いっさいなんにょ)は過去の父母
一子の慈悲を運ぶべし
我等衆生無始劫より以来三界の苦海に沈淪して常に
生老病死の為にせめらるるは、もと此貪瞋二種の
所為に由らざるはなし。此貪瞋の煩悩は諸の愚痴
邪見の煩悩による。愚痴邪見の煩悩は何によって
起こるかとなれば、法性の真理を知らざるによる。
法性の真理は如何なる形相なるかと謂うに所謂無我
無自性にして衆の因縁の仮和合によりて成立するものに
して一法として自然独立なるものなし。
然るに我等此無我無自性の萬物に向かって我有我名
の固執を成し、為に我見我慢の煩悩を起して止むこと
なし。誠に惟れば一切衆生は無始より以来三界六道に輪転
して親となり子となり夫となり嫁となりて其の関係する所
実に広大なり。故に今日飼うところの犬猫牛馬等是我が
前世の父母なるや。また我が子弟たるや、我また彼が妻
夫子、奴僕なりしや、と 若し能く深くこの理を領会して
日夜面前に対する男女は皆是我が生生世世の父母なること
を憶いて努めて慈心を行じ自ら十善道に随順せしむべきなり。